ブラックな企業になるべく関わらないようにする方法、関わってしまったときに自分を守る方法を考えていきたいと思います。ここでは、とりあえずブラック企業を非常に労働者にとって働きづらく、身も心もやせ細ってしまうような企業とイメージしておいてください。
ブラック企業を見分けるといった場合、きちんとした統計があるわけでもありませんし、法律上の定義があるわけでもありません。ですから、一つの説例(現実のものではありません)から考えてみましょう。
月給20万円ということで説明を受けて入社したところ、研修期間中は賃金が安いと言われて、17万円ということにされました。しかし、半年経っても給料が変わらないので、「どういうことでしょうか」と聞いたら、「まだ研修中だろおまえは」、と言われてしまった。「ではいつまで研修が続くのだろうか」ということは怖くて聞けない。
@賃金が17万円とされ、また6ヶ月据え置かれていることは合法か?
労働契約は、指揮命令を受けて、業務を遂行することと、その代わりに特定の額の給料を支払うことに合意することによって成立します。
ですから、研修期間中は賃金が17万円だとすると、この17万円という労働条件は、契約が成立する以前の段階において提示されていなくてはなりません。いきなり17万円にされて、その理由としておまえは研修中だというのは合法的な措置とはいえません。もし研修期間中は賃金が違うのだということを合法的におこなおうとすれば、事前にその内容と研修期間について明示する必要があります。労働条件については明確に説明をしなければならない、と労働基準法上定められています(15条1項)。
Aこのとき労働者は、ある権利を行使できるが、その権利とは何か?
一つは、労働条件が事実と異なる場合に即時に労働契約を解約することができるという権利の行使(労働基準法15条2項)です。労働契約というのは期間の定めのない労働契約の場合は、労働者の側から解約を申し入れて辞めることは基本的に自由ですが、たとえば有期契約で1年間の契約期間を設けている場合、それに拘束されずに契約を即時に解除できるという意味をもちます。さっさとブラック企業から身を引くという一つの選択肢として、そういう権利の行使もありえるでしょう。
二つ目は、団体交渉権です。労働組合を通じて、会社と話し合いをすることが団体交渉です。団体交渉については後述します。
三つ目は、賃金請求権の行使です。月額3万円は賃金が未払いということになりますので、3万円×6ヶ月=18万円の賃金が未払い状態になっていることになります。この18万円については賃金請求権が発生するので、当然賃金を請求できます。
今の説例を考える基本的な考え方について、法律上の考え方を少し説明していきます。労働契約の本質的な要素は、指揮命令に基づく労務の提供とその対価としての賃金です。これを約束することが労働契約の成立の条件ということになります(労働契約法第6条)。
ですから、細かいことは合意しなくても成立するという関係に実はあります。実際には、通常労働契約が成立する際には、業務の内容、勤務時間、休日、賃金の額が具体的に特定されて労働契約が成立する場合が多いです。
さて、うかがったところ、今日お集まりのみなさんは、上記説例について、自分の身の回りに起こっていても不思議ではない、と思われる方が多いということがわかりました。これは今の日本社会を象徴していると思います。実は、上記の説例は、あくまで相対的な評価としてですが、ブラック企業の実例として報告される事例に比べると、「ブラック」度はそう高くない事例です。そのようなひどい事例が、結構な数存在する。だとすれば、上記説例のような程度では、珍しいものとはいえないというのは、正常な感覚と思います。結論としては、日本の社会には不健全な企業がかなりの割合を占めるということです。
労働基準法が成立したのは戦後の昭和22年のことです。古典的な資本主義が勃興した戦前の時期は完全な無法地帯で、労働者の人権は完全に無視されていました。また、当時は天皇制の影響が大きく、お上や公に対する絶対意識、服従意識、ある種の反抗心の欠如が非常に強く社会の中に存在していました。自分の権利のために権力と闘うということをあまり発想できない国民の気質はこのような歴史性に規定される面があると思います。
戦後になって労働組合運動がようやくまともなものとして構築されていきましたが、労働組合の諸活動を通じて、労働条件が劇的に変わっていったり、世の中が変わったりということは残念ながら、社会全体の経験として少ないということがあります。
労働組合運動をやって、会社から嫌われるより、企業の恩恵にすがって生きていきたいというのが80年代くらいまでの日本人を支配していた気風でした。このように、労働運動で社会を変えるといった経験値が非常に少ないという点が二つ目の原因といえるでしょう。
日本には労働基準監督署をはじめとした行政機関が設けられていますが、労働行政機関の権限自体が弱く、行政機関による労働環境の指導が難しいという問題があります。また、持っている権限を行使するための十分な人員、予算、設備を持っていないという問題もあります。ですから、なかなか行政を通じて労働問題を解決できないということになります。
これは80年代以降の特徴だと思いますが、正社員から非正社員へ雇用代替がおこなわれるにつれて、会社が労働者を育てるといった気風が希薄になっていきました。使えないやつは辞めてもらうという方針が広がり、もともと労働法順守の伝統の弱いブラックな要素をはらんでいた労働社会が、一層ブラックになっていったという状況がみてとれます。
ブラック企業の見分け方ということを話す前にお伝えしておきたいのは、日本の企業は多かれ少なかれブラックだということです。ですから、ブラック度の低い企業に入るために注目すべきことをいくつかお話ししたいと思います。
まず当該業界で人件費の割合の高い企業は危ない、ブラックになりやすいというのがあります。なかなか労働者の側が反抗できない状況であるためにコストを切り縮めやすいという点、人件費というのは圧縮可能な幅が大きく、コスト削減の効果も大きいという点から、企業にとって人件費を削減することぐらい財務体質を改善するのに良い方法はないのです。そう考えた時に人件費の割合が高い企業ほど、人件費の負担が重いですから、そこを圧縮しようと躍起になる面があります。人件費率が高い典型は飲食業界、介護職、保育園などです。
その職場で長期間働いている女性の労働者がいるかが一つの指標となります。それがその会社の民主主義度を確認する指標になるからです。日本の社会は民主主義のレベルで欧米先進諸国に比べると低いと言わざるを得ず、特に男女差別は根強く、女性が働きづらい社会であることは間違いないと思います。ですから、女性がその会社で長期間働き続けることができているかどうかがその企業の民主主義度を確認する一つの指標として有効でしょう。やはり、結婚したり妊娠したりそういう状況で女性が辞めざるを得ないといった会社、女性に優しくない会社は、結局労働者全体に優しくないということでブラック度が高いといえる場合が多いでしょう。
数年前の先輩がいるかいないかということは、男女問わず、働き続けられる企業なのかどうかということの指標になってきます。数年で辞めさせられることが多い現在、重要な指標となるでしょう。
私が裁判を担当したすき家の事案から考えてみましょう。
@ 事案の概要
ア、すき家の店舗で働くアルバイト。労働時間が8時間以上に及んでいるのに、時間外割り増し部分(25%部分)が支給されていなかった。この部分の請求が認められるか?
イ、「スウィングマネージャー」は時間外割り増し賃金の支給の対象外か?
ウ、お店の売上金がなくなったことについて、賠償の承諾書を書かされ、現実に弁償させられたお金の返還を会社に求めることができるか?
@ 論点
ア、「時間外割り増し」とは何か−労働基準法37条
8時間を超えたらどんな企業であっても、労働契約を結んだからには残業代は払わなくてはなりません。ですからそれがアルバイトであれ派遣であれ、労働者に対して8時間を超えたら残業代を払わなければならないということになります。
イ、労働基準法41条2号 「監督若しくは管理の地位にある者」とは
二つ目の論点は、スウィングマネージャー(店長)は管理職だから残業代を払わないという主張の可否です。確かに労働基準法41条2項というところに「監督若しくは管理の地位にある者」は労働時間に関する規定を適用しないと書いてあるのですが、労働基準法でいう管理監督者になるのかという問題がこのイの論点です。
管理監督者の基準を示した判例として有名な日本マクドナルド事件があります。この判例では、管理監督者であるか否かは「会社経営に対する決定権限の有無」、「労働時間に対する裁量性の有無」、「当該地位にふさわしい処遇を賃金等で受けているかどうか」という指標から判断されるとしています。
すき家の店長はお店に対する決定権限は皆無に等しく、現場の取りまとめ役にすぎないので、管理監督者になる余地がないと考えています。
ウ、使用者による労働者に対する損害賠償請求が認められる場合とは
労働者に対する損害賠償請求が許されるのかという論点に関しては、最高裁の判例があります。この判例は労働者が会社に損害を発生させた場合、労働者が全額を負担するのは不公平であり、労使での公平な負担の分担水準を考えるべきというものです。
A ポイント
ア、労働時間を1日1日、正確に把握する。
残業代を請求できるか否かは、毎日毎日の労働時間をいかに具体的に特定できるかにかかっています。労基署に申告する場合でも、団体交渉をする場合でも、裁判をする場合でも、だいたい何時から何時まで働きましたという曖昧なものではなく、私は何月何日に何時何分から何時何分まで働きましたと、きちっと証明できることが重要です。それが証明できれば、ほぼ負けることはないといっていいでしょう。
だから、タイムカードがあるときはタイムカードのコピー、パソコンなどでタイムシート上の管理をする場合はタイムシートのコピーなりデータ、そういうことが難しい場合はPOSSEが入魂で作った仕事ダイアリーを活用して、労働時間をきちっと毎日つけておけば大丈夫です。
イ、裁判例の基準に関連する事実の収集
スウィングマネージャーが管理監督者か否かという問題については、これまでの裁判例をみる限り、「小売店の店長くらいで管理監督者だから残業代を払わなくてよい」というような判断はほぼでることはないでしょう。
わかりやすくいうと、取締役の一歩手前くらいまでいかないと法律上の「管理監督者」ということはできず、管理職だからといって残業代を払わなくてよいということにはなりません。自分は管理監督者ではないという事実(上述した3つの指標)を固めておくことで、そうした問題に関しては勝利できるというのが法律上の取り扱いになります。
ウ、よほどのことでなければ損害賠償は請求されないと考えて良い。
損害賠償の問題も普通に一生懸命働いている分にはよほどのことがない限り、損害賠償をする必要はないと考えられます。このすき家の事案では売上金3日分の56万円が無くなってしまい、その56万円を全て労働者が弁償させられたのですが、私としては全額会社が負担すべきだと考えています。売上金を守るために何の手だてもしていない会社の落ち度の方が大きいからです。
職場が荒れてしまっている場合、その職場で働き続けようと思ったら、ブラック度を薄めていくしかありません。その方策として、最適な選択肢は労働組合でしょう。その理由は労働組合ほど法に守られた組織はないからです。たとえば、労働組合は労働組合法によって刑事免責、民事免責によって守られています。
具体的には、「労働法を守って、労働者の生活を向上させろ!」といったことをその企業の門前でスピーカーを使って宣伝して、周囲の人たちにチラシを配った場合、普通は威力業務妨害罪という犯罪になる可能性があります。ですが、労働組合の場合、これは憲法の定める団体行動権の行使ということになって基本的には合法となります。さらに、労働組合が、企業との間で労働条件に関する合意を勝ち取り、労働協約をつくれば(労働組合法第14条以下)、それは就業規則の効力を上回る職場の法となります(労働基準法92条)。
これだけブラック企業が横行している状況からすると、労働組合には、まず職場の労働者が人権侵害に遭ってメンタルヘルスを発症してしまうというような事態に陥らないよう、職場をきちんと監視して労働者の人権を守るということと、労働基準法の最低限度の労働基準というものを企業に守らせることから始める必要があります。そしてその後、労働基準法が求めている基準以上の、あるいは労働契約法以上の労働条件の獲得に踏み込んでいくことが求められるでしょう。