就職氷河期の中、内定取り消しにも遭わずに何とか会社に入れたと思ったら、入社1年も経たずに解雇!こんな「新卒切り」の相談が、POSSEには寄せられている。
短大を卒業したAさんは、生花店での採用を得た。ところが、いざ4月になってみると、同じ社長が経営している別会社の葬儀屋で事務仕事(といえば聞こえはいいが、実際には雑用)をするよう命じられた。我慢して試用期間の3ヶ月を働きぬいたDさん。しかし、会社からは「本採用」とも「解雇」とも音沙汰が無い。そのまま自分の雇用契約の状況さえ知らぬまま、働いていた。だが、生花店での仕事をしたかったのに、会社すら違うところで働いていることに嫌気がさし、「生花店での仕事はいつからできるか」と聞いてみた。すると、「生花店での仕事は無いから、あなたの希望に答えることはできない。今回の話はなかったことにしましょう。明日から来なくていいです」と言われてしまった。会社は、「本採用と言っていないから、そもそもあなたとの契約はもう切れています。解雇ではありません」。もちろん会社の主張は嘘か事実誤認だが、Aさんは途方に暮れてしまった。
Bさんはエステの会社に事務職として正規採用された。ところが、仕事を全く教えてもらえない。何をすればいいのかわからないまま、それでも怒られながら少しずつ仕事を覚えようとがんばっていた。ところが、3ヶ月の試用期間が終わったころ、「あなたは能力が低いから」と言われ、「再契約」という扱いになってしまう。新たに出された契約書では、給料が5万円下がっていた。それでもがんばって働こうと思っているが、「今年中にダメならクビにする」という言葉が重くのしかかる。そして、相変わらず仕事は何も指示されない。
Cさんは高校を卒業して正社員として採用された。Cさんの会社では、みんな始業30分前には出社して働いているが、誰も早出手当をもらっていなかった。みんなのためを思って社長に直談判したところ、正社員には何も変化がなかったが、パート・アルバイトにはその分の手当が支給されることになった。理由は「辞められると困るから」だという。そして当のCさんは、会社に「たてついた」ことを理由に、退職を勧奨されるようになってしまった。
Dさんは、きらびやかなイメージのある大手人材総合会社に入った正社員。しかし、4月になっていきなり子会社への出向が決まった。1000人もいた同期のうち、本社での採用は半数にも満たない。Dさんを含めた残りの人々は、2つの地味な子会社へと振り分けられた。Dさんは本社への復帰を目指してがんばって働いていたが、子会社での仕事はPC周辺機器の訪問販売。会社から渡されたマニュアルは、消費者を騙して売るような内容だった。Dさんがそんな仕事に辟易していた矢先、もう1つの子会社が倒産。数百人の同期は親会社に戻すなどの措置を取られることもなく、そのまま解雇となった。Dさんの会社でも退職者が続出し、そしてDさんも退職を決意する。POSSEに来たのは、「こういう実態が大手で平然と行われていることを伝えたい」という気持ちからだった。
こうした「新卒切り」に苦しむ人が、2010年度卒だけでも、すでに10人以上POSSEに相談に来ている。(2010年8月31日現在)。POSSEを立ち上げて4年ほどになるが、こんなに短期間で新入社員からの相談が寄せられるのは、昨年辺りからのことだ。
こうした「新卒切り」が起こる背景の一つには、「早期の選別」が挙げられる。今や、正社員で採用されても、昔のように「年功序列・終身雇用」がある人はごく一部。その他の正社員は、ボーナスが無かったり、定期昇給が無かったり、何年も勤め続けられなかったりと、企業の採用行動・労務管理は大きく変化していると言える。
40年勤続することを前提に雇っている社員であれば、会社は40年間で効用が最大化することを追求する。そのため、研修や技能訓練を施したり、数年はフォロー体制を整えたりと、入社後の数年間は特に人材の育成期間として位置づけている企業が多い。
ところが、「終身雇用」のつもりで企業が採用していない「正社員」(こうした正社員を、「周辺的正社員」と呼んでいる。以下、「周辺的正社員」。)は、事情が異なる。できるだけ短期のうちに効用を最大化しようとするため、研修などに使う育成の時間は後の数年のための投資としてよりも、むしろ「無駄・空費」として企業の目に映る。だから、すぐに使えない社員や、少しでも文句を言う社員は、すぐにクビにしてしまうのが企業にとっては効率が良いのだ。
こういう企業は、内定者を決定してから4月までの間に無給で(あるいは安い研修費を払って)研修を行い、4月からは入社数年目の社員と同じ結果を出すことを新入社員に求めていく。そして、全く口答えせず、この要求を高度に達成できた労働者だけが数年後も会社にいることを許される。反対に、その少ない椅子を勝ち取れなかった大量の新入社員は、退社を余儀なくされるという構図が成立しているのだ。これが、「新卒切り」の背景である。
こうした構図が成立している企業を入社前に見極めるには、いくつかポイントがある。
1.新卒採用人数が多い割に、職場の人数が少ない。
たとえば毎年500人とっている企業では、普通に考えれば5年で2500人は増えるはずだ。毎年1000人採用しているのに5年経っても500人しかいない、なんていう会社は、まず選別が行われていると思ってよいだろう。昨年の相談では、1000人採って800人辞めさせる、という企業もあった。
2.勤続年数の長い人の割合が少ない。
早期の選別を行う企業では、入社1年目の社員に比べて異様に2年目・3年目以降の社員が少ない。極端な企業では、役員以外に35歳以上の社員が一人もいない、なんていうところもある。
3.常に新入社員を募集している。
選別を行っている企業では毎日のように人が辞めていくが、あまりに人が少なくなると業務に支障が生じてしまう。そういう企業は、常に新入社員を募集するようになる。募集する裏側には、必要になる「事情」がある、ということだ。
もちろん、このポイントだけが全てではないし、これらに該当しない企業からも相談者は訪れている。ただ、このポイントのどれかに該当する企業に入る際は、ある程度の「覚悟」をしておくことが必要になるだろう。こうした企業では、「定年退職までこの会社で」なんていうのは幻想にすぎない。
「新卒切り」に遭ってしまったら、どのように対処すればよいだろうか。まず大事な認識は、法律的には、実際に行われているほど解雇はできない、ということだ。中小企業や大手の一部では、解雇に関する法律が全く無視されていて、実態としては「解雇自由」の職場になっている場合が多い。しかし、適切な手段をとりさえすれば、合理的な理由の無い解雇は違法となる。
解雇に関するルールにはどのようなものがあるかを知っておこう。まず、基本的に、解雇は「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当」でない場合には無効となる。これは、「会社が解雇しても仕方ないな」、と思う理由が無い限り、会社は解雇してはいけない、という程度に考えておいてもらってよい。こうしたルールがあるので、「営業成績が悪い」とか、「暗い」とか、「生意気だ」とか、「休みが多い」とか、そんな理由だけですぐに人を辞めさせることはできないのだ。よほどの落ち度が自分に無い限り、合理的な解雇はありえない。
ただし、一つだけ例外がある。それが、「整理解雇」と言われるものだ。業績悪化のために人員を整理する際の解雇がこれで、この「整理解雇」だけは、それほどの落ち度が無くても労働者を辞めさせることができる。それゆえ、「整理解雇」でクビにしようとする会社が少なくない。しかし、「整理解雇」にも条件はあるのだ。職場で耳にする場合も多いので、その条件を覚えておこう。
1.経営上の高度な必要性がある
2.解雇を回避する努力を会社が十分行った
3.人員選定に合理性がある
4.説明・協議を十分行った
この4つの条件を満たさない「整理解雇」は違法なものとなる。しかし、「整理解雇」にしろ普通の解雇にしろ、合法になるかどうかは究極的にはケースバイケースだ。だから、「納得いかない」、「自分には解雇になるほど落ち度はない」と思ったら、まず専門家の判断を仰いでほしい(相談窓口の一覧はこちら)。
解雇に遭った場合は、企業に対して「働き続けられるように求める(=地位確認)」、「損害賠償を求める」、と大きく分けて二通りの要求をすることができる。前者は特にこれ以上説明する必要は無いので、後者の場合について説明しておこう。
損害賠償については、賃金や慰謝料などを要求するのが一般的だ。慰謝料は精神的に被った苦痛に対しての賠償要求で、賃金とは「会社で勤め続けていればもらえたはずの賃金」に対する賠償要求のことだ。
正規雇用の場合は特段の事情が無い限り数十年の雇用を前提としている。つまり、会社は数十年賃金を払い続けるという契約を労働者と交わしているのだ。この約束を破ったのだから、部分的に賃金相当額を払え、というのは契約のルールから言って当然の帰結と言える。
ちなみに、たとえば1年間の契約社員の「内定取り消し」の場合には、請求できる賃金の幅は最大でも辞める期間までの賃金となる。これも、上述の「契約のルール」が賃金を要求することの根拠になっていることに起因する。
以上の交渉については、@弁護士に依頼して労働審判制度を利用する方法、A労働組合に加入して団体交渉を行う方法、B行政の「あっせん」という制度を利用する方法の3つのやり方がある。それぞれのメリット・デメリットについては、”辞めろ”と言われたときの対応マニュアルをご覧ください。(労働審判と労働組合についてはマニュアルのp10-11を、あっせんについてはマニュアルのp8-13を参照のこと。)
交渉するかどうかはっきり決めていない段階でも、再就職の難しい時勢でもある。まずは専門家に話を聞いて、自分にどういう選択肢が残されているのかを考えてほしい。
しかし、こうした賠償請求は、あくまで「労働者は働き続けたいと思っているのに、使用者が一方的に契約を解除した」場合にのみ行うことができる。労使双方が互いに納得して雇用契約を解除するなら、それは「不当な解雇」ではなく「正当な退職」だからだ。だから、ブラックな会社は労働者に辞表を書かせて、労働者から辞めたがった体裁をとろうとする。
この会社の申し出に応じて辞表を書いてしまうと、解雇について争うことができないばかりか、今度は逆に自分が勝手に辞めたことになってしまい、雇用保険を受給することも困難になってしまう。
辞表を書くように求められたときの対処法は、「その場では絶対に応じない」ことだ。はっきりと拒否することが難しかったら、「考えさせて下さい」と言ってその場では判断を保留してもいい。そして、帰ってからすぐに専門家に相談しよう。
これまで「新卒切り」への対処術を紹介してきたが、実は、POSSEに寄せられる新卒者からの相談事例としては、「新卒切り」はそれほど多くない。
先ほども述べたように、使用者は短期間で労働者を効率良く使おうとする。1年〜3年でいなくなることを前提に、労働者を使い切ろうとするのだ。こうした企業でも、やはり勤続年数が3年以内の人がほとんどだ。
「3年使い切り型」とでも呼ぶべきブラック企業から寄せられる相談は、以下のようなものが多い。
・募集のときに聞いていた内容と実際の働き方が全然違う
・週に1日も休みがとれない
・労働時間が長すぎる上に、残業代が出ない
・詐欺まがいの経営をしていて、働くことが辛い
・暴行や暴言を受けている
こうした内容で相談に来る人は、「せっかく正社員で就職先を見つけたのに、こんな会社で働いていて将来どうなるのだろうか?」という悩みを共通して抱えている。
そして、「3年使い切り型」のブラック企業に特徴的なのは、「辞めさせてもらえない」ことだ。「もうこんな会社では働きたくない」と思っても、辞めることすら許されない。こうした会社では、病気になって働けなくなって初めて「クビにしてもらえる」のだ。
逆に、「会社の状況は悪いけど、せっかく見つかった正社員だし、がんばって働こう」と思っても、報われることは少ない。もちろん、辛抱強さ、忍耐力はあった方がよいが、違法状態に我慢することはないし、詐欺まがいの経営に手を貸す忍耐力なんて捨てた方が社会のためだ。そして我慢してがんばった結果、体を壊したりうつ病になったりして休職し、そのまま何の補償も無く解雇されるなんていうことも珍しくない。体調を崩して辞めさせられると、再就職も非常に難しくなってしまう。
「辞めようかと思う」くらいに会社の働き方が辛ければ、まずは違法な働き方を自分がしていないか考えてみよう。残業代が出ていなければ、それは違法だ。週に1日も休みが取れていなければ、それも違法だ。毎日4時間残業していれば、週休2日でも完全に生理的に限界を超えている。
「3年使い切り型」のブラック企業に悩んでいる場合も、法律をきちんと使えば、新たな職場で再スタートを切る準備をしたり、今の職場で働き方を変えたり、様々なことができる。「きついな」、「おかしいな」と思ったら、専門家に相談してみよう。